住宅生協だより

くらしの法律相談室(住宅生協だより<秋号> 2020.1001 vol.106 掲載分)

生協・消費者住宅センターの顧問弁護士宮地理子先生に「くらしの法律相談室」を担当して頂いています。今回は、弁護団(藤井篤弁護士が主人弁護人・宮地理子弁護士)で『逆転無罪』を勝ち取った刑事裁判の紹介をします。

ことのはじまりは、2013年12月12日、長野県松本市にある特別養護老人ホームあずみの里でのおやつの時間でした。この日食堂には17人の利用者がおり、 おやつはドーナツとゼリーの2種類でした。Kさん(85歳)は嚥下機能に問題はなく、普段固形のおやつを(この日だされたドーナツも)おいしく食べていました。ところが夕食後に嘔吐をすることがあり、おやつだけ消化の良いゼリーに変えてみようということが介護士の間で決められましたが、准看護師には伝わっていませんでした。

准看護師は、介護士から頼まれておやつを配り、Kさんにはドーナツを配りました。全員に配り終え、Kさんの隣に座って、嚥下障害のある別の利用者に、ゼリーを一口一口食べさせる介助をしていました 。そのとき、介護士がぐったりしているKさんを発見しました。Kさんは咳き込むこともむせることもなく、1分ほどの間に意識を喪失していました。看護師たちは力を合わせて救命活動を行いましたが病院へ搬送されたKさんは、約1ヶ月後にお亡くなりになりました。

Kさんが亡くなる前から長野県警はあずみの里へ捜査に入り、Kさんの近くにいた准看護師を送検、その年の暮れに起訴されました。罪名は、Kさんを注視していなくて窒息させたという業務上過失致死罪でした。私は起訴されて間もなく現場に足を運び、 准看護師から話を聞きました。「なぜこれが犯罪になるの?」「彼女が犯罪者とされるのはおかしい」というのが最初の強烈な印象でした。職員の方々から聴き取りを行って事実を明らかにする作業に骨を折り、特急あずさに揺られながらあずみの里に通った回数は130回を数えました。その中で、 彼女は無罪だという印象は確信に変わっていきました。

長野地裁松本支部の第一審は、 4年にわたる長い裁判でした。その理由は、検察官による訴因変更にあります。当初の注視義務違反で有罪にできないと考えた検察官は、確認しないでドーナツを配った確認義務違反を訴因として追加しました。これは、無罪になるところを、 もう一度別の内容で起訴したのと同じことです。そして、2019年3月25日、松本支部の裁判所は、変更後の訴因で有罪判決(20万円の罰金刑)を下しました。

東京高裁での控訴審の戦いが始まりました。 控訴審では、 そもそもKさんは窒息ではなく脳梗塞だったという医学的な主張と証拠を提出しました。第1回公判期日で、裁判所は弁護側の証拠をほとんど採用しませんでしたが、あきらめることなく、 日本の脳外科の分野の最高峰の医師の意見書など、 証拠を提出し続けました。

判決の日、裁判官が口を開く瞬間まで、どんな判決がでるのか予想できませんでした。「原判決を破棄する、 被告人は無罪。」その言葉を聞いた瞬間は現実感がなく、 1時間ほどかけ読み上げられた判決を聞き終わり、涙目の准看護師と抱き合った時、「無罪になった。これで被告人の力解放されるんだ。」という実感がこみ上げてきました。

控訴審の判決は、 ドーナツを食べる事の危険性を具体的に検討していない、死因を検討するまでもなく無罪というものでした。人間にとって食べることの大切さにも触れられ、介護が人間らしく生きるためのものだとはっきり認めてくれました。 

顧問弁護士:宮地 理子 | 弁護士法人 アルタイル法律事務所 

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